あさお日記

常日頃感じていること、好きなものや出来事を心に浮かぶままに綴っていきたいです(メインブログ)

コロナ感染から一年が過ぎました 1

コロナが5類に分類されて、インフルエンザ並みの扱いになってから3ヶ月くらい経ったでしょうか。

周囲ではいまだに感染しました、との報告を受けることも多く、この病の感染力を改めて感じます。

 

昨年7月の終わりに夫と2人同時期にコロナに感染しました。

 

夕べ、引き出しの整理をしていたら、感染時のメモが出て来ました。

 

自身の備忘録として、書き記しておきます。

 

まず、夫も私もリモートワークではなかったので、いつ感染してもおかしくない状況にはありました。

常にマスクをし、手洗いうがいも欠かしませんでした。

私の職場では、出勤と共にパソコンから机、ボールペンに至るまで必ず念入りにアルコール消毒をしてから業務を始めるのが常でした。

夫も同様だったと思われます。

 

1日早く発症したのが私でしたので、家に菌を持ち込んだのは自分なのかなぁ?と思いますが、満員ではないものの、そこそこ混んでいる電車で毎日通勤していた夫の可能性もあったと考えられます。

 

【発症1日目】

朝から何となく倦怠感を感じるも近所のスーパーに夕飯の買い物に出たりしてから帰宅。

帰宅後、熱を測ると37.5度。

日曜日だったので病院開いていない。結局夕飯も食べずに就寝した。

【2日目】

朝は一旦熱も下がった。単なる風邪だとは思うが、出勤するためにはコロナの陰性証明がいると思い近くの病院へ行こうと思った。

予め電話をすると、時間を指定されたのでその時間に夫の運転で病院に向かった。

 

車で10分程の病院に到着すると専用の駐車場に案内されて、そこで待機。車の中での検査、問診になると言われた。

病院の中には入れてもらえない😅

車中で待機しているとまず40代くらいの女性の看護師さんが見えて説明を受ける。

 

問診票を渡されて記入するが、この時点で体調はかなり悪くなってきていた。

記入後、唾液をプラスチック製の試験管のようなものに時間をかけてためる。

これが巷で噂のPCR検査かぁ。

喉も痛くなりつつあったので、唾液ひとつ出すのも辛かった。

(能天気な私はこの時点でも喉の痛みが酷い風邪としか思ってない😆お目出度いものです)

 

この作業が終わった頃を見計らって先程の看護師さんが書類と試験管を受取りに…車のウインドウ越しに手渡した。

10分後くらいに女医さんが見えて、経過や症状を話したりした。聴診器を当てることはない。女医さんがカルテを書き終えて去って行くと、入れ替わりに会計担当の事務員が薬を携えて登場!

コロナの薬は無いので、喉の痛みを軽減する薬と解熱剤を処方された。

全ての手続きを車の中で、40~50分間の出来事だったように記憶している。

見事な流れでございました~

 

 

 

病院から家に戻ると熱が一気に上がったようで、だるい。

頭痛も酷い。頭がガンガンする。食欲もなく水分だけを取って横になっていた。

 

夕方、病院から電話があった。

「しーどらさんは陽性との反応が出ました。軽症なので、自宅療養になります。これから、コロナ患者の登録をして下さい…」等の説明を受けた。

 

「パパ、陽性だって、どうしよう😱💧」

「2階に行って寝てなさい、寝てなさい。ボクにうつさんといてね~」

「あっ、なんか保健所からメールが来てるよぉ」

病院で貰って来たコロナ患者のためのリーフレットQRコードを読み込んだら、すぐにラインでメッセージが。

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名前、年齢等の個人情報を登録した。

身体がキツイ時にこの入力は辛かったなぁ。

ここからコロナ患者としての自宅療養が始まりました。

 

つづく~